2019年8月27日 夏の終わり・朝日のあたる家

2019年8月27日 夏の終わり・朝日のあたる家

こんにちは!

イモムシカアチャンです!

今日は8月27日、午後から雨。
おぉ世の中とうもろこしで大騒ぎだ。

カアチャンが好きなのは、スイートコーンね。さすがに、飼料用のコーンでスープは作らないです🙃

カアチャンが今年作ったとうもろこしは、F1の種でした。

来年は、固定種も時期をずらして蒔いてみるわ!

そもそも、自給率低すぎの日本だから(低すぎるのもどうなのよという話は置いといて)、飼料の原料となる大豆やとうもろこしを輸入するなんてことは、今までだってずっとそうだったなんて話は、ちょっと調べればわかるし、わかった上で、嫌だなって反応している人がほとんどなんじゃないかしら。

カアチャンですら、トランプさんの過去のツイートの文脈とか、言い回しとか、見聞きすると、今回の話は規定路線だったんかなとか疑いたくなるもの。

大昔から、加工食品なら、飼料の原料なら、遺伝子組換えでも科学的には問題ないという論理は、ずっと納得できていないのだよ。

どんな影響があるかなんてまだわからないでしょ?と思うので。

いまや、世界のあちこちで、遺伝子組換えの作付が減ったり、問題視されたり、一緒に使う農薬の健康被害の訴訟が起きたり、輸入しない国もあったりするのに、日本が今まで静かすぎたのが不思議なくらい。

とうもろこしを買いましたという話だけに、嫌だなって反応しているわけじゃないんだと思うな。

今回のとうもろこしをきっかけに、そこに関係するいろいろな問題点を、自分が気にしている分野から発信しているんだと思う。

カアチャンは、表示ね。
ちゃんと表示してください。加工食品も飼料も。出来てる国はあるわけだし。

さて今日は、森山直太朗「夏の終わり」です。
実はこの曲は「反戦歌」です。

痛ましい戦争の記憶。
蛍火は戦争で亡くなった方の魂の象徴。
「夏の終わり」はあの戦争の終わり。

🎵
水芭蕉揺れる畦道 肩並べ夢を紡いだ
流れゆく時に 笹舟を浮かべ
焼け落ちた夏の恋唄 忘れじの人は泡沫
空は夕暮れ

🎵
夏の終わり 夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるの
いつかと同じ風吹き抜けるから

🎵
あれからどれだけの時が 徒に過ぎただろうか
せせらぎのように

🎵
誰かが言いかけた 言葉寄せ集めても
誰もが忘れゆく 夏の日は帰らない

あ!もう一つ。

ちあきなおみ の「朝日のあたる家」も思い出した。
これも哀しい曲。

ちあきなおみ がこの歌を歌う姿を見て、色っぽいとかかっこいいとかじゃなく、哀しさと強さとを感じてもらえたらなと思う。

あいちトリエンナーレ、カアチャンは見て、学んで、感じたかったな。

遠いから行けなかっただろうけれど。

🎵
あたしが着いたのは ニューオリンズの
朝日楼という名の 女郎屋だった

🎵
汽車に乗って また汽車に乗って
まずしいあたしに 変わりはないが

🎵
誰か言っとくれ 妹に
こんなになったら おしまいだってね

どんなに、慰められても、謝られても、説かれても、癒えない哀しみというのは間違いなくあるのだろうと、毎年夏の音を聞くと、自分の記憶の中にある哀しみとやらも引き出してきて、またそっとしまうために、並べたり比べたりしてみたくなる。

他人の哀しみに寄り添うことで癒される傷だって、稀だろうけどさ、あるはず。

この歌、練習しよっと。シャウトできるし。

とにかく、

買うか買わないか、見るか見ないか、選ばせてほしい。知らせてほしい。

消費者の、生活者の、選ぶ権利、知る権利なんて話は、ずいぶん昔にもあって、何でまたこんな話をしてるんだろうかねぇ。これ、人権の話です。

⭐️I hope you have a happy day⭐️

カアチャンは、夏休みになると「平和」について考えたくなる。
夏休みと言えば、読書感想文という宿題があって、苦しみながら夏休みも終わるころ必死に書いた記憶が蘇ってきます。今はそんな宿題ある?

というわけで、しばらく戦争と平和と歌謡曲で攻めます(^^♪

それでは、おやすみなさい。