2019年12月5日 ドリトル先生・アフリカゆき

2019年12月5日 ドリトル先生・アフリカゆき

こんにちは!

イモムシカアチャンです!

今日は12月5日(木)晴れ。朝はマイナス4度。

12月4日(水) も朝はマイナス4度でした。畑のキャベツが凍りました。

トオチャンが作ってくれた棚に、 スキー板とスキーブーツを収納しました。倉庫にあったツーバイ材などを使って作ってくれました。土間がすっきりしました。もう1つ棚を作ってもらう予定です。

収納場所を変えると、ずいぶん使っていなかったものなどを捨てるいい機会になりますね。もったいないからといって、しまっておいた古い靴などを捨てました。

カアチャンの場合、断捨離するぞ!と思って、捨ててしまったものの、やっぱり捨てなければよかったと後悔することもよくあります。それは、「ずいぶん使っていなかったもの」「これから先も使わないもの」という分類ができていないからで、「いらないはず」とか「使わないことにする」というようなそのときの気分で捨て始めてしまうとたいてい失敗します。

捨てるといえば、公文書をシュレッダーにかけて捨ててしまうようでは、信頼するのは難しいですね。

こういう状況を目の当たりにすると、フェアな情報を事実に基づいて報道する新聞やテレビ局は、そのコンテンツを買って支える視聴者がいないと成り立たないのではないかと思うようになりました。

カアチャンのインスタグラムは、ずっと写真や動画に短歌(31文字)を添えていたのですが、狂歌の滑稽さも通り過ぎ、怒り系になってしまいました。

今日の本「ドリトル先生アフリカゆき」

さて今日は、ロフティング作/井伏鱒二訳「ドリトル先生アフリカゆき」です。

今日は、有機農業の本はお休み。

【読書日記】中国大陸での戦争が苛烈になって、出版にも統制令が実施され、子供の読物なども国粋調になって行く一方の昭和15年の春。
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本当に子供のためになる児童読物を出したいと考えていた石井桃子が下訳をし、近所に住んでいた井伏鱒二が翻訳をした「ドリトル先生物語」。
第1巻「アフリカゆき」を読みました。
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原作はヒュー・ロフティング。19世紀の終わりごろにイギリスで生まれました。その頃のイギリスは世界中に植民地をもち、大英帝国の威容を誇っていた時代です。
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日本で、石井桃子と井伏鱒二が翻訳に携わった時代は、太平洋戦争も始まり、戦中は軍部への遠慮から出版が途中で立ち消えになりました。戦後になって翻訳が再開され、後に全巻が出版されました。戦前、戦中、戦後にかけて、2人が翻訳に関わったというだけでも、第2巻以降が楽しみで仕方がありません。
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本との出会いは不思議なものですね。

imomushikaachanインスタグラムより

本を読み終わってすぐに、そのときの感想をインスタグラムに投稿しています。

ドリトル先生シリーズが、出版にも統制令が実施されて、子供の読物なども国粋調になっていくことを危惧した石井桃子と井伏鱒二による訳だということを知りませんでした。

結局、戦争が激しくなり、戦時下では出版もできなくなりました。戦後に全巻出版されました。

石井桃子氏が「ドリトル先生アフリカ」ゆきの巻末に、「「ドリトル先生物語」について」(1978年)という文章を寄せています。今から41年前に、石井桃子氏が書いたものです。

「ドリトル先生物語全集」十二巻が、日本で出版されてから、今日までに十六年がたちました。そして、アメリカで、最初の「ドリトル先生物語」が出てからでは、実に六十年です。六十年というのは、長い年月です。そのあいだには、さまざまなことがおこり得、また人間の考え方も大きく変わります。ことに、最近の六十年は、人間の歴史の上でも、大きな転換のときでした。

第二次大戦、ベトナム戦争も、そのあいだにおこりました。そして、それまで、ながく、いくつかの大国の、植民地とされていたところが、多くの独立国として歩きはじめました。これは、当然、それまで差別されていたひとたちの人権の問題にもつながってきます。つまり、人びとは、世界を、人間を、それ以前とはちがった見方で見はじめ、考えはじめたということです。

「ドリトル先生物語」について(石井桃子・1978年)

新聞やテレビ、あれやこれ、国粋調になっていませんか?

作者のロフティングは、イギリスで生まれました。十九世紀の終わりごろのイギリスは、世界のすみずみにまで植民地を持っていました。

「ドリトル先生アフリカゆき」を読むと、動物や人間への愛情をあっちこっちに感じるのですが、人種差別の気持ちがなかったとは言えない箇所も確かにあります。

社会の中で醸成されいく自覚のない意識。ロフティングでいえば差別意識。時代の子である以上、そこに気づくのはとても難しいことだったのかもしれないとは思います。

けれども、意識して、自覚しないと…。

いたるところに格差がどんどん広がっていく社会になっているということは、分断されているということだから、あっちこっちで争いが起きやすくなっているってことだと思うのです。

学歴も、雇用も、収入も、世代差も、地域差も…ありとあらゆる格差が、結局「金」を巡っての分断につながって貧困や争いを招いているようにも感じています。

国と国という格差による争いが始まれば、戦争になります。子供の読み物だってまた国粋調になってしまいます。出版物も刺し止めです。

「ドリトル先生アフリカゆき」では、動物の言葉は分かるけれどもお金はないドリトル先生が、動物たちと一緒に、アフリカへ旅に出ます。アフリカには、疫病に苦しむサルたちがいるのです。道中、さまざまな困難に出会いますが、動物たちがそれぞれの力を発揮して乗り越えていきます。

航海の途中、バーバリー海賊と出会ってしまいます。すったもんだして、結局ドリトル先生は海賊たちをやっつけます。でも、ドリトル先生は、海賊たちのように彼らを殺したりはしません。

そして、こう言うのです。

「おまえは悪者であった。たくさんの人を殺したということだ。いま、そこにおられる、しんせつなサメたちは、おまえたちをたべてくだされると、わしに申し出られた。おまえたちの姿が、海から消えてなくなるということは、これはまことに幸いなことである。しかしながら、もしおまえが、わしのいうとおりにすると約束してくれたら、ぶじに帰らしてやろうと思うが、どうだろうな?」

「おまえは、もう人を殺してはいかんのだ」「それから、もうぬすみをしてもいかんのだ。船を沈めてもいかんのだ。海賊の仕事は、すっかりやめなくてはいかんのだ」

「おまえたちは、あの島へあがって、鳥の粒餌を栽培するのじゃ。カナリアのために餌をつくるのじゃ」

「だんじて、船に乗ってはいかんのだ。おまえは、もう、船には十分に乗ったはずじゃ。それから、りっぱな船や罪のない人を、たっくさん海の底へ沈めておる。おまえたちは、これを最後に平和な百姓になれ」

「金なんてものはやっかいきわまる」「あんなものが発明されなかったら、わしたちは、もっとらくに暮らせたろう。しあわせでありさえすれば、金なんか、なんだというのだ」と。

現代社会において金のない暮らしは難しいですが、金のために嘘をつき続けている方々を見ていると、「おまえたちは、もう十分大船に乗ったはずじゃ」「りっぱな船や罪のない人をたくさん貧困の海に沈めておる」「おまえたちは、これを最後に平和な百姓になれ」と言いたくなります。

⭐️ I hope you have a happy day⭐️

冬ごもりの季節は、忙しくなること必須なので、日記を毎日書くのは難しくなるかもしれません。投稿しない日もあるかもしれませんが、心配なさらずに。

それでも、写真はインスタグラムに投稿できると思います。生存確認はインスタグラムでお願いします(笑)。

というわけで、今日もお付き合いありがとうございました!

次は「タネと内臓」(吉田太郎)です。

それでは、おやすみなさい。