ドリトル先生のサーカス

ドリトル先生のサーカス

こんにちは!

イモムシカアチャンです!

「ドリトル先生のサーカス」を読みました。

今回は、「ドリトル先生」シリーズ4巻目です。

今日の本「ドリトル先生のサーカス」

ロフティング作/井伏鱒二訳です。

ドリトル先生シリーズは、出版にも統制令が実施されて、子供の読物なども国粋調になっていくことを危惧した石井桃子と井伏鱒二による訳です。

結局、戦争が激しくなり、戦時下では出版もできなくなりました。戦後に全巻出版されました。

石井桃子氏が「ドリトル先生アフリカ」ゆきの巻末に、「「ドリトル先生物語」について」(1978年)という文章を寄せています。今から41年前に、石井桃子氏が書いたものです。

「ドリトル先生物語全集」十二巻が、日本で出版されてから、今日までに十六年がたちました。そして、アメリカで、最初の「ドリトル先生物語」が出てからでは、実に六十年です。六十年というのは、長い年月です。そのあいだには、さまざまなことがおこり得、また人間の考え方も大きく変わります。ことに、最近の六十年は、人間の歴史の上でも、大きな転換のときでした。

第二次大戦、ベトナム戦争も、そのあいだにおこりました。そして、それまで、ながく、いくつかの大国の、植民地とされていたところが、多くの独立国として歩きはじめました。これは、当然、それまで差別されていたひとたちの人権の問題にもつながってきます。つまり、人びとは、世界を、人間を、それ以前とはちがった見方で見はじめ、考えはじめたということです。

「ドリトル先生物語」について(石井桃子・1978年)

作者ヒューロフティングは、長女エリザベスと長男コリンが生まれた後、第一次世界大戦で西部戦線に赴きました。戦地で、負傷した軍用馬が治療も受けられず銃殺されたことに心を痛め、2人の子供に宛てた手紙の中にドリトル先生の物語を書きました。

ドリトル先生を読んでいると、父親の子供たちへの思いが散りばめられていて、温かい気持ちでいっぱいになります。

もう会えないかもしれない子供たちに、父親が物語を通して教えたかったことはどんなことだったのだろうと考えてしまうからです。

ドリトル先生のサーカス

アラスカ生まれのソフィー

ドリトル先生は、お金に執着しないので、手元にお金があるとどんどん使ってしまいます。

サーカス団に加わらなくてはならなくなったときのドリトル先生には、まったくお金がありませんでした。

ドリトル先生は、借りた船を壊してしまったので、借金を船乗りに返すために、オシツオサレツを見世物に出して、お金を稼ぐためにサーカス団に入りました。

もちろん、オシツオサレツはドリトル先生を助けようと、進んで見世物に出るのですが、ドリトル先生は、船乗りに船の代金を返すだけのお金を稼ぐには、ずいぶん時間がかかるかもしれないということに気が付きます。

早く止めたいのにやめられない状態でした。

サーカスの仕事は、先生の気に食わないことが多く、正直な見世物をやりたいドリトル先生は、サーカス団のいかさまをとても憎んでいました。

それにもまして、ドリトル先生がいちばん心を痛めたのは、動物たちの健康です。

サーカス団の動物たちは、ほとんど不満を抱えていました。おりの中は掃除もしてありません。運動もできなければ、場所のゆとりもありません。きらいな食べものしかもらえない動物もいます。

とくに、アラスカ生まれのソフィーは、アラスカへ帰りたいという気持ちでいっぱいでした。

ソフィーはオットセイです。ソフィーの旦那さんは、オットセイのリーダーでしたが、ソフィーがいなくなってからというものまったく意気消沈してしまい、リーダーとしての役割を果たせなくなっていました。

次のリーダーもオットセイを率いるには物足りなく、オットセイの群れが絶滅の危機に直面していました。

ソフィーは、自分がアラスカへ帰り、旦那さんがまたリーダーとして群れを統率できないと、群れが散り散りになり、皆殺しになってしまうかもしれないと、ドリトル先生に訴えました。

ドリトル先生は、動物たちの処遇を改善するために、まずはソフィーをアラスカへ帰すことにしました。

ソフィーの脱走を助けるドリトル先生と、ドリトル先生のために奔走する動物たちの物語を、追っ手につかまってしまうのではないか、うまくいくのだろうかとハラハラしながら読みました。

辻馬車馬・荷馬車馬の会

ソフィーの脱走劇に最大の貢献をしたのは、お馬さんかもしれません。

ドリトル先生は、以前から、人間のために働いてきた馬たちの余生をとても気にしていました。

ソフィーを無事に海まで逃がした帰り道、ドリトル先生は持ち金すべてをはたいて、辻馬車馬・荷馬車馬の会を作ってしまいました。

大きなお馬さんにとって理想的な牧場を借り、ダイコンを作る少年を雇い、次々と引退した馬を引き取ることにしたのです。

また、ドリトル先生は、一文無しになってしまうのでした。

サーカスの団長に

ドリトル先生は、サーカス団に戻ります。

またお金を稼がなくてはなりません。動物たちが協力して、動物劇をやることにしました。

ドリトル先生の書いた物語を動物たちが進んで演じるのです。

ドリトル先生は、筋書きを遅くまで起きて考えたり、準備をしたりするようになります。

家政婦さんのダブダブが、先生を心配して、「よい習慣、おそくまで起きているのは悪いことで、朝起きの習慣はとても大切だ」と訴えます。

それに対して、先生は「人間には二つの種類がある。習慣の好きな人と、好きでない人と。どちらにも、よいところがあるようだ」「だんだん年をとるにつれて、どっちにも融通がきくようになりたいのだ」とガブガブに答えました。

ガブガブには、「融通」の意味がよくわかりません。ガブガブは、几帳面な家政婦さんなのです。

動物劇は、どの町でも大盛況でした。

けれども、今度はそのお金をサーカスの団長が持ち逃げしてしまいます。

サーカス団には、動物たちもたくさんいるし、働いている人もたくさんいます。みんなが新しい団長はドリトル先生にお願いしたいと思うようになりました。

新しい団長になったドリトル先生は、サーカス団を正直なサーカスに変えていきます。

見世物を見にくるお客様のことも丁寧に扱ったので、家族の集まりのようになりました。どこの子どもたちも、ドリトル・サーカスを、じぶんたちのサーカスだと考えるようになっていきました。

自らすすんで。分け隔てなく。自分事として。

ドリトル先生の動物に対する考え方は、一貫しています。

ドリトル先生はいつも相手の(動物の)立場になって、考えを巡らせます。想像します。

ドリトル先生のサーカス団は、動物たちが進んで見世物を出します。やらされている動物はいません。

そして、ドリトル先生には分け隔てがありません。ガブガブにはわからなかった「融通」があります。習慣が好きな人(動物)と好きでない人(動物)を分け隔てることがありません。

それぞれの立場になって、融通を効かせます。

サーカスを見にくるお客様までもが、サーカス団の一員のような気持ちになっていきます。見世物を出す人、見る人ではなく、動物と仲良くしたりお世話したりしながら、自分のサーカスだと思うようになってしまうのです。

ここにも隔たりがありません。

自らすすんで。

分け隔てなく。

自分事として。

「ドリトル先生のサーカス」を読んで、感じたことです。

なかなか、実現するのも、実行するのも難しいことではあるけれど・・・。

幼少期に、感覚的に、いいなぁと思う世界があるのは、全然悪くない。

世界中で、読みなおした方がいい。そう思いました。

インスタグラム短歌・狂歌

インスタグラム@imomushikaachanに投稿している短歌・狂歌です。31文字4500首を目指しています。デザイン画像はCANVAで作成しました。

31文字の縛りがあると感情をコントロールしやすいので、 せっせと書いています。

短歌 いちごパフェ
短歌 不思議やな
短歌 会見ての
短歌 愛しくて
短歌 強風が
短歌 繰り返し

それでは、おやすみなさい。