おばあちゃんのお茶うけ

おばあちゃんのお茶うけ

こんにちは!

イモムシカアチャンです!

今日は、年末年始に読んだ本の記録です。

「おばあちゃんのお茶うけ」

「おばあちゃんのお茶うけ(文・写真 吉田文子)」には、信州の漬物・おやつ・郷土料理が240品掲載されているということで、読んでみたくなりました。

畑で野菜を作っていると、どうしても野菜が採れすぎてしまうときがあります。

採れすぎた野菜を保存するために、漬物の技術を身につけたくなりました。

もう一つ動機があります。

実は、トオチャンは酢が苦手で、市販の漬物には酢酸が添加されているので、トオチャンは絶対に食べません。

信州の漬物といえば、野沢菜。自然発酵した野沢菜をおいしく作りたくてこの本を購入しました。

お茶うけ

内容と感想

ところが、ページをめっくってみると、レシピ本というよりは読み物でした。

信州の食文化を取材して記録した本でした。

信州のおばあちゃんとお茶を飲み、お茶うけをいただき、親睦を深めながら取材した記録なので、あたたかい内容です。

おいしい食べ物を前にすると

おいしい食べ物や飲み物を前にすると、人は自然に心を開放されて親睦が深まり、元気が出て来るものではないでしょうか。その食べ物が手作りならば、もっと心が温まります。信州のお年寄りは、それを毎日の家庭生活の中で「お茶飲み」という形で気軽に数多く実践しているのです。

「おばあちゃんのお茶うけ」より

「胸襟を開く」ということわざがありますもんね。

意味は、

「思っていることをすっかり打ち明けること。心中を隠すところなく打ち明けること。」

「腹を割る」という言葉とほぼ同じ意味のようです。

「打ち明ける」という意味なのに、なぜか胸と腹をたとえにしているのは不思議ですが、考え事は頭の中にあるというより、胸の内、腹の中にあるということなのでしょうか。

「腹黒い」という言葉は、「よからぬたくらみがある」ということなので、考えていることは腹の中にありますね、間違いなく。

昔は着物を着ていましたから、合わせ襟を開くという行為が「さらけ出す」というイメージとぴったりだったのかもしれません。

まぁ、語源の話は、専門の方にお任せして・・・。

カアチャンとしては、この本を読み、「お茶を飲み、お茶うけをいただく」という時間は大切だなぁと染み入ったわけです。

忙しすぎる毎日に

忙しく毎日を過ごしていると、忙しくない日が不安になってくることってありませんか?

いわゆるトレーニング症候群のような状態です。自ら忙しくしていることもあるだろうし、忙しいしくみに取り込まれちゃっていることもあるかと思います。

忙しくないと一人前じゃないとか、忙しくないやつはサボっているとか、そんな空気もあるかもしれません。

でも、忙しい自分を振り返ると、自分がやりたいこと、やらなくてはならないこと、やるべきことで頭がいっぱいになってしまい、他人のことを思いやる気持ちは忘れている…。

忙しすぎる自分は、間違いなく利己的で、他人のことを考える余裕はなくなっています。

オシム監督がサッカーの日本代表監督だったときに、「誰が水を運ぶんだ」という名言を残してくれましたが、人のために水を運ぶという行為(プレー)を称賛した言葉だったはずです。

自分だけではなく、自分の家族だけでなく、自分の友達だけでなく、「大変な人はいないかな?世の中はどうなっているのかな?世界はどうなっているのかな?」そんなことを考える時間(余裕)を、頑張って作らないといけないな、と思いました。

で、その時間。

考える時間を作るとなると敷居が高くなりますので、「お茶を飲み、お茶うけをいただく」 時間を頑張って作ってみることにしました。

そして、今日の私は「リコさん度〇割、リタさん度〇割」と振り返ろうかな、と。

「おばあちゃんのお茶うけ」を読みながら、『政治への無関心も、他人への配慮の希薄さも、「忙しさ」がすごく影響しているのかもしれないなぁ』、 『「お茶を飲み、お茶うけをいただき」「胸襟を開き」「腹を割る」 余裕がないから、「腹黒く」なるのかもしれないなぁ』、なんてことまで考えてしまいましたとさ、おしまい。

インスタグラム短歌・狂歌

インスタグラム@imomushikaachanに投稿している短歌・狂歌です。31文字4500首を目指しています。デザイン画像はCANVAで作成しました。

短歌ー元旦に
短歌ー同窓会
短歌ー久々に
短歌ー使い過ぎ
短歌ー出来てきた
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それでは、おやすみなさい。